mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

ジッケン

学生時代にある興味深い心理学の実験の話を聞いたことがあります。

その内容というのが、ある若い女性が落し物をしたふりをして通りすがりの

誰かが声をかけてくれるか確かめるというものでしたが、筆者よりも

若い女性の姿では通行人がどうしたのですかなどといって優しく声をかけて

くれたのに同じ女性が老婆に変装して同じように落し物で困っている

ふりをしてみたら悲しいことに通行人が次々と無視して通り過ぎていったと

いうものです。

同じ人間なのに若い女性には優しく声をかけて老婆は無視かと言いたくなる

けれど、筆者が道すがらこの実験のような若い女性と老婆の困っている

姿を見かけたらどうするだろうといって考えてしまうところがあります。

男性ならば若い女性を助けてあげたら一緒にお茶ぐらい付き合ってくれるの

ではという下心を持つこともありそうだけれど、そうした下心の他にも

筆者の私見を言うなら老婆に下手に声をかけたら難癖をつけられるのでは

ないかとか、見返りが期待できない割に面倒なことに巻き込まれるのではないか

といって防衛本能ではないけれど、若い女性ならば面倒に巻き込まれることは

ないけれど老婆は、、、といって手助けを敬遠してしまうことも

あるように思うのです。

さて、高齢者と同じく社会的弱者とされているのが筆者を含めた障がい者

あるけれど、昨今奄美大島空港で起きた車いす障がい者の搭乗拒否騒動や

歩きスマホの乗客との接触が引き金の盲人の鉄道の駅のホームからの

転落など何処と無く冒頭の実験を連想させる事案が相次いで健常者は

車いす障がい者や盲人が手助けを求めていたらどうするのだろうと

当事者として考えさせられるところがあります。

でも、健常者は障がい者が助けを求めていたらどうするのかという実験の

一種として愛知県の車いすの青年が車いすでのヒッチハイクに挑んでいると

聞いて、同じ障がい者として筆者はどこか疑問に感じるところがあります。

先に触れた搭乗拒否騒動も車いすでは物理的に飛行機のタラップに

乗れない、階段を介助なしでは登れないという根本的な問題が横たわって

いたけれど、この搭乗拒否騒動に巻き込まれた当事者の男性へのSNS上での

批判の声もある中で実験のように前代未聞の車いすヒッチハイクへの

挑戦は世間に誤ったメッセージを送ってしまうのではと筆者はどこか危惧する

ところがあるし、健常者でも難しいヒッチハイクに挑む障がい者の青年が

乗せてあげたいけれど自分の車には車いすを置くスペースがないとか

介護タクシー福祉車両のように車いすでの乗り降りが容易にできないから

君は乗せられないねと言われたらどうするつもりなのだろうと

思うのですがいかがでしょうね。

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