mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

チャリティーのあり方

昨年、視覚障害者が駅のホームから転落する悲しい事案が相次いで報じられ、

今まで以上に盲導犬の存在がクローズアップされています。

でも、盲導犬の育成や盲導犬をパートナーとして生活する視覚障害者への

支援は公からの支援や寄付に依存しているところが大きく、テレビの

公共CMでも視覚障害者や盲導犬への理解の促進と供に盲導犬の普及への

支援の呼びかけが行われています。

当事者である盲導犬育成団体も手をこまねいているわけではなく、

団体の活動のPRを兼ねて実物の盲導犬を連れて街頭で募金を

呼びかけている姿を時折目にしますが、頭を撫でても決して吠えない

盲導犬に興味を持った子どもたちや同伴している父母がささやかな

善意を募金箱に入れている姿は微笑ましいと思うし、

盲導犬を連れた団体が都会の雑踏で浮くこともなく風景に

溶け込んでいることや、小銭を入れた子どもにも千円札を募金箱に投じた

紳士にも同じように感情を込めて団体の方々が謝意を述べるのも

まさに神対応という感じで個人的には好感が持てると思うのです。

一方、同じ障がい者支援と銘打ったイベントでもいささか疑問に感じたのが

筆者が以前に招待されたさるプロレス団体の興行であって、

団体の代表者の身内がダウン症という経緯から障がい者手帳の提示で

自由席を無料としたり、興行のスタッフに障がい者を積極的に雇うといった

姿勢は評価できるものの、興行の中身を見るとほんとうに障がい者のために

なっているのかと言いたくなる部分が散見されたのです。

マイクパフォーマンスや場外乱闘はプロレスにつきものだから、

チャリティー興行でもやるなとは言わないけれど、身体障がい者だけではなく

精神障がい者や知的障がい者だって障がい者には変わりがないのに、

マイクパフォーマンスで敵役の選手に向けてあいつを訴えるとか

あいつの悪事を観客の皆さんTwitterに挙げてくれなどとドスの効いた声で

暴走族かヤクザかというようなコスチュームで言い放つのは

本人は冗談やネタのつもりかもしれないけれど脳機能の

障がいのために冗談を冗談として受け取ることができない知的障がい者

発達障がい者への配慮が欠けていると言わざるを得ないし、

もっと苦言を呈したくなるのは場外乱闘であって、先のように

脳機能の障がいでプロレスとケンカの区別のつかない知的障がい者などには

刺激が強すぎではと言いたくなる代物であったし、自治体から会場を

借りていることを忘れたかのようにそんなものを投げたら借り物の

会場を壊して弁償だぞと言いたくなるほど確信犯のように壁に向けて

小道具やイスを容赦なく投げ込む行為も、プロレスの選手だって

壁に遠慮なくものを投げつけているのだから自分たちもムシャクシャしたら

自宅や入所施設の壁に向けておもちゃを投げたって良いんだと障がいの

ある子どもたちが誤認しないかと正直思いました。

我々は子どもたちの教育よりも娯楽のために興行をやっているという

言い分は理解できるものの、冗談を冗談として理解できぬ子どもたちに

健常者でもおい、冗談で済まないこともあるぞと苦言を呈したくなる

興行を見せることは何でもありということばがまかり通るプロレスの

世界でも正直どうかと思うところがあるし、団体の設立からの年季の違いが

あるとはいえ、冒頭の盲導犬団体のほうが外見的な派手さはないものの

ダイバーシティということばのほんとうの意味を理解した上で

障がい者のために活動をしているように思うのです。

さて、毎年賛否両論呼んでいる日本テレビのチャリティー番組が今年も

夏に放送されます。

この日本テレビのドラマで好演を見せた女優の石原さとみが出演の

オファーを躊躇したというのもある意味でこの長寿番組の限界を

物語っていると思うし、いくらチャリティー番組でも視聴率が気になるという

日本テレビの言い分も民放である以上は理解できなくはないけれど、

日の当たらないところで草の根で日々チャリティーに勤しんでいる

名もなき人々の存在を否定したり茶化すような興行的な番組は

誰一人見たくないと思うのです。

さて、毎年この長寿番組の象徴のように語られる日本武道館の募金額を示す

電光掲示板に番組の出演者のほんとうのギャラと日本テレビ

関わりの深い読売ジャイアンツの選手の年俸総額もついでに

映してはと思うのですがいかがでしょうね。

来賓に読売新聞のドンの渡辺恒雄氏を呼んだ上でチャリティー番組を

賛否両輪の中で毎年送り出している日本テレビと読売新聞グループの

リアルを白日に晒すことも一種のメッセージになるように思うのです。