mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

傷つける権利

我が国での半世紀振りの東京オリンピックが迫る中で、海の向こうの

イギリスでまたしてもイスラム過激派による凄惨なテロが起きて、

何ともいたたまれない思いがします。

このイスラム過激派はアラーの神だ十字軍への反抗だといって今回のような

テロやアフリカの女性を人間とも思わない拉致事件を正当化しているけれど、

罪のない人間の心身を傷つけることを肯定する教義があるとすれば

それは明らかに間違った教えと断言していいと思うし、

イスラム過激派には罪のない人間の命を奪ってもアラーの神は

喜ばぬと一喝したい思いです。

一般のイスラム教徒にしてもイスラム過激派と一般のイスラム教徒は異質な

ものなのに同一視されて自分たちまでヘイトスピーチの標的にされて

迷惑だという主張は理解できるけれど、同じアラーの神を信仰して

コーランを尊ぶ人間が蛮行を起こして世界の人々を恐怖に陥れている事実は

変わらないのだし、北朝鮮による日本人拉致事件の被害者の講演を聞いて、

自分たちのルーツである国の蛮行に遺憾の気持ちを示した在日朝鮮人

方々の気持ちにイスラム教徒の方々も思いを馳せて貰えたらと思うのです。

さて、信教の自由が他人の心身を傷つける免罪符にならぬという点では、

このテロ事件とはレベルが違いすぎるものの自分勝手に悪態をついて

以前の事務所を飛び出して新興宗教に勝手に出家してしまった清水富美加さんの

事例も記憶に新しいところです。

水着のグラビアや人食い人種の役などが信仰にもとって本意ではなかったという

主張も理解できなくはないけれど、いくら我が国の憲法で信教の自由が保障されて

いるといってもそれを盾に好き勝手やっていいとなっては先のイスラム過激派や

オウム真理教の蛮行を肯定することになってしまうし、この清水富美加さんに

しても一方的な主義主張と事務所批判ばかりで下積み時代から苦楽を共に

してきたマネージャーが泣きながら慰留するのを見てどう思ったのかと

いう彼女の率直な気持ちが伝わってこないのが残念なところです。

さて、安倍晋三首相と自由民主党結党以来の悲願である日本国憲法の改正が

現実味を帯びる中でこの信教の自由以上に議論の的になりそうなのが

表現の自由です。

表現の自由は民主主義国家の根本とか基本的人権そのものという

主義主張も十分理解できるけれど、一方で現行の日本国憲法が作られたときには

SNSということばなど世界のどこにも存在しなかったという事実も

直視せねばならないと思うし、一億総記者時代の様相を呈してきた現代の

世相を考えると表現の自由も信教の自由も他人の心身を傷つけることを

肯定する免罪符にはならないということを法令の中で明文化する必要も

あると思うのです。

遺族の承諾なく暴露本を出版した兵庫県の連続児童殺傷事件の元加害者など

表現の自由ということばを都合よく解釈していると言わざるを得ず、

彼とヘイトスピーチそのものの書籍の出版を許した出版社には

セカンドレイプということばを知っているのかと単刀直入に

聞きたい思いであるし、少年法の傘の下で凶悪事件を起こしながらも

短い刑期で出所した元加害者がSNS上でセカンドレイプそのものの

荒唐無稽な主義主張を展開する事例が相次ぐ前に表現の自由

犠牲にしてでも食い止める必要があるのではないでしょうか。

この連続児童殺傷事件の元加害者には贖罪の気持ちが足りないといって

いいと思うけれど、贖罪ということばと向き合って欲しいのが

大阪府内で免許停止の処分中に人身事故を起こして謹慎処分を受けた

オリックスバファローズの若手選手です。

プロ野球選手としてプレーの対価として年俸を貰っている以上、

被害者に謝罪して刑事処分と向き合うだけが贖罪ではないことは

彼も十分理解していると思うけれど、悲しい思いをさせてしまった

チームメイトやファンに対しても贖罪の気持ちを体現して欲しいと思うし、

野球賭博しかり彼のような交通事故しかり選手の起こした犯罪に

プロ野球界全体で毅然と向き合うことが交通事故や淫行を起こしても

なあなあのように復帰が許されてしまっている芸能界と

スポーツマンシップの世界に生きている人間は違うということを

世間に示すことになると思うし、先の表現の自由や信教の自由とは

次元の違う問題だけれど、有名人だからテレビ番組の中で、あるいは

プライベートで少々他人の心身を毀損しても許されるということは

ないと思うのですがいかがでしょうね。