mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

包みの取れた桃

ゴールデンウィークが終わればお中元の心配をする人もいると思います。

果物ならばハズレがないといって桃をお中元にチョイスする人もいると

思うけれど、桃を貰うことは嬉しいけれど、なぜこういうお中元の果物は

仰々しい箱と包みなのでしょうと思っている人も少なくないと思います。

確かに多少型崩れしていても食べれば一緒という考えもあるけれど、

長距離トラックに揺られて運ばれてくる桃のこと、包みなしの簡易包装の

極みでは相手に失礼という以前に桃自体が破損してしまう恐れが高いし、

包みが仰々しいという前に桃というものはそれほどデリケートなものと

割り切って考える必要があると思うのです。

さて、新年度が始まって一月が経って、新入生や新入社員が学校や職場に

馴染んでくる季節であるけれど、ネットニュースで触れられていた

会社の飲み会、いわゆる飲みニケーションを断る若者に疑義を唱える記事に

心療内科通いの経験のある筆者はいささか疑問を持ちました。

確かに記事にあった通り、仕事上の付き合いだけでは同僚や大学のゼミの

仲間の本質が見えず夜の付き合いも仕事のうちという発想もあると思うけれど、

会社にしろ大学にしろ飲み会はアルハラパワハラ、セクハラ、一気飲みによる

急性アルコール中毒の舞台になり易いし、下戸で酒が飲めない人間、

筆者のように下戸以前に服薬治療で酒がご法度の人間、

コミュニケーションの障がいで診断書が貰える人間も世の中には少なくないのに、

飲み会に出ない奴はけしからんといって紋切り型に善悪の判断をすることは

臨床心理学や精神医学よりも感性や本能で生きる人間のなすことだと思うし、

我が国は大切な恋人や家族との時間よりも飲みニケーションを大事にしすぎと

いって諸外国から奇特に見られていることも忘れてならないと思うのです。

筆者も大学のときはゼミの飲み会が楽しみであったけれど、

社会人となってからは会社の飲み会が嫌で嫌で、何でパワハラ御構い無しで

無理強いばかりの上司や先輩に愛想笑いしながら酒を注いで

聞きたくもない説教を聞かねばならないのかと思っていました。

今にして思うとこれが楽しい酒もダメになってしまった遠因のひとつであり、

ブラック企業のブラックたる所以を酒宴の場で見せられたように

思うのです。

イマドキの若者はモヤシのようにひ弱と笑い飛ばすのは簡単であるけれど、

野菜だってモヤシのように色白のものがあり果物にも桃のように

仰々しい包みが必要なものがあるように人間にも包みを無理矢理剥がされたら

傷つき痛んでしまう者があることを我々は忘れてならないと思うし、

一人一人の価値観を尊重しあうことも働き方改革の第一歩と

思うのですがいかがでしょうね。

別に飲みニケーションに頼らずともランチを共にするとか

SNSで繋がるなど職場以外での同僚との繋がりを持つ方法は

幾らでもあると思うし、一見放任主義に取れるようなやり方で

若い社員に自分の価値観や自分のやり方で経験を積ませることも

ひとつのやり方と思うのです。

価値観の多様化が叫ばれる昨今、酒宴を頻繁に催している会社の

従業員の定着率が高いとも言えなくなってきたのではないでしょうか。