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mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

生きて地獄を味わえ

時代劇の必殺仕事人にも描かれたように、身内を言われなき理由で

殺められた人間は我が国が法治国家でなければ自分の手で犯人に同じ

苦しみを味あわせてやりたいと思うのも道理であろうし、

被害者感情や国民の処罰感情に照らせば我が国で死刑の存続を願う声が

マジョリティーであるのも理解できるところがあります。

でも、今日無期懲役を言い渡された元名古屋大学の女子学生に対しては

タイトルに使ったようにあえて生きて地獄を味わえということばを送りたいし、

ゲーム感覚で罪なき何人もの人々を殺めた彼女には発達障害とか

精神障害という議論の前に人の死をリアリティを持って理解できていないのが

紛れもない事実だと思うし、死刑判決を望む声も十分理解できるけれど、

人の死をリアルな問題として理解できない人間が十分な矯正教育も

受けないままで絞首刑になったところで、被害者の気持ちは晴れるかもしれない

けれど、あれだけ人の死に執着していた彼女のこと、むしろ死刑を

言い渡されていたら自分も死を体験できるとむしろ喜んでしまったという

ことも考えられるし、時折見られる死刑になりたくて通り魔を起こしたという

輩もそうだけれど、死というものをリアルな形で理解できない人間や

死ぬことを望んでいる人間を死刑にするのは犯罪者に望んでいるものを

ホイホイと渡すに等しく、かえって懲罰としての意味がないように

思うのです。

この元名古屋大学の女子学生の事案にしても、極刑を望む被害者の気持ちは

理解できるけれど、刑罰を意味のあるものにするためにはあえて死刑という

選択をせずに生きて地獄を味わえせるという手段もあると思うのです。

仮釈放のある無期懲役では殺人鬼が刑務所から出てきてしまうという懸念も

あるけれど、自分自身や自分のしでかしたこと、何よりも人間の生命に

ついて内省することもないまま殺人鬼と言われる人間がこの世から

姿を消すのも複雑なところもあるし、絶望感でも興味本位でも

死を望む人間を死なせず生きて地獄を味わわせるという選択肢も

あって然るべきであるし、今回の元名古屋大学の女子学生の事案が

仮釈放のない終身刑制度の導入や死刑制度の存廃、少年法のあり方の

議論の糸口になればと思うのですがいかがでしょうね。