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mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

スカートを踏まず見守って

東日本大震災の追悼の日から数日経って、祈念番組のような特番が

テレビからほとんど姿を消して、普段と変わらない編成にあっという間に

戻ってしまったことにどこか違和感を持つとともにあまりに地震関連の

ニュースが引き波のように消えてしまったので南海トラフ巨大地震が懸念される

東海地方などもう少し震災の関連番組を続けて教訓や継承を伝えても

いいのにと思うぐらいです。

でも、福島県出身の女性の震災から6年も経つのにいつまで地震大丈夫だった

と聞かれるのかと思うとうんざりすると言ったことばを震災タトゥーと

表現した記者のことばにはハッとさせられるものがありました。

憐れみの対象にもヘイトスピーチの標的にもなりうるというのはこの福島県

被災者も筆者のような障がい者も同じであるけれど、筆者が健常者よりも

体調を気遣いされることが多いのと同じく地震大丈夫だったという

先の福島県の女性へのことばもヘイトスピーチではなく憐れみから来る心配で

あって、言っている方は気遣いのつもりなんだろうけれど、言われた側に

してみれば忌まわしい記憶を乗り越えて前に踏み出そうとしているのに

そうはさせじとスカートを踏まれて前に進ませまいとさせられているような

感覚だと思うのです。

東北地方出身というだけで憐れみの気持ちで見られることを快く思わない

被災者も少なくないと思うし、東日本大震災があったから地元の

東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍したわけではないという

岸孝之投手のことばや、自分も被災者であるのに敵前逃亡の

ごとくAKB48加入のために首都圏に転居してバラエティー番組で

志村けんのような馬鹿げたコントを演じていて良いのかと戸惑いを

感じていたという岩田華怜さんのことばや、彼女と同じ趣旨のことばを

以前語っていたフィギュアスケート羽生結弦選手のインタビューは

被災者というレッテルがタトゥーのごとくいつまでも消えないのは

前を向く妨げになるからレッテルを取っ払って生身の人間として

自分たちを見て欲しいという切実な願いがにじみ出ていると思うのです。

震災の追憶と称して生々しい津波の映像や福島第一原発の水蒸気爆発の

さまを映し出したテレビ各局には先に触れたような震災タトゥーを迷惑に

思う被災者の心情に配慮した報道を望むとともに、来月の平成28年熊本地震

関連特番の編成や、障がいを消えないタトゥーと捉えたらこうした

大規模災害の被災者と重なる部分のある障がい者番組の内容の検証に

今回の東日本大震災の追悼番組に対して寄せられた批判の声を生かして

欲しいと思うのですがいかがでしょうね。