mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

ドラえもんといじめ

表題通りの講演会を、筆者は学生時代に名古屋市内で聞いたことがあります。

タイトルでわかる通り、サブカルチャー的にドラえもんのマンガを考察する

ものではなくて、のび太君はいじめられて可哀想、ジャイアン

スネ夫はいじめっ子だから悪いやつと紋切り型で判断していいのか、

彼らの生育環境なども考慮に入れた上でいじめている側、

いじめられている側の事情も考慮に入れる必要があるのではないかという

国立鳴門教育大学の教授のことばには考えさせられるものがありました。

ドラえもんの作者の故藤子・F・不二雄のび太君が怠け者やいじめられっ子の

代名詞のように語られたり、先の講演会の内容のようにジャイアン

スネ夫が一方的に悪者にされていることは快く思っていなかったようで、

お世辞にも容姿端麗とは言いがたいジャイ子と本名が同じ児童がいじめられたら

気の毒と言ってジャイ子の本名を亡くなるまで明かさなかったのは

ドラえもんファンには有名な逸話です。

さて、いじめられた側がいじめと認識したらいじめた側の意図がどうであれ

いじめが成立するというのが現在での学校でのいじめの定義とされています。

この定義を当てはめるとジャイ子の本名を最後まで伏せた

藤子・F・不二雄の判断はやはり正しいものであったと思うし、

歌番組でアイドルに品のないあだ名をつけて顰蹙を買ったとんねるず

石橋貴明や、彼のように生徒がどう思うかを無視してマンガやアニメの

キャラクターの名前を面白半分のごとく生徒のあだ名にした岐阜県内の中学校の

教師の言動はやはり間違いと言わざるを得ないと思うのです。

もっと言えば石橋貴明の場合はテレビの影響力を考えていないことが問題と

言えるし、後者の教師については発達障害や知的障害の疑われる生徒に

宇宙人と名付けていたのはヘイトスピーチと言われても反論できないのでは

ないでしょうか。

ITの世界に身を置いていた者から見ても、高度情報化社会を予見していたような

藤子・F・不二雄の作品世界には思わず感嘆の声を上げたくなるけれど、

SF作品のように言われるドラえもんを通してこの藤子・F・不二雄

黄泉の国から現在のいじめ問題や児童虐待問題、ヘイトスピーチ

共生社会というアジェンダに警鐘を鳴らしているように思うのですが

いかがでしょうね。