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mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

一人っ子のタラレバ

筆者のように一人っ子だと、もしきょうだいがいたら、、、と

冗談半分で、あるいは真剣に考えてしまうことが人生のどこかで

あるように思います。

筆者自身は幸いというべきか、幼い頃から両親の愛情を受けて育ってきて、

ワガママも随分聞いて貰ったと思っているので一人っ子であることや

両親に対して不満はないし、むしろ自分が育ってきた境遇に感謝しているけれど、

それでもきょうだいがいたらと空想したことは一度でないし、

小学校のときに担任の教師にきょうだいが欲しいかと単刀直入に聞かれたり、

もっと幼い頃にきょうだいが欲しいとサンタクロースに所望した覚えが

あるのです。

担任の教師に聞かれたときは、幼いながらに核心を突くような質問に

戸惑ってしまい、今更お兄さんやお姉さんができるわけがないから

妹か弟が欲しいですよと半ばはぐらかしたような答をしてしまったけれど、

今振り返ってみるとそれでは答えになっていないと思うし、

サンタクロースに所望したぐらいなのだから正直に自分の気持ちを

教師にぶつけるべきだったと思うのです。

きょうだいがいるときょうだいゲンカや両親が年老いた後の介護の問題や

両親亡き後の遺産相続で揉めたりしたとか、着るものでもいつもお姉さんや

お兄さんのお下がりだったという人も珍しくないと思うし、筆者のように

一人っ子の人間を羨ましく思うのだろうけれど、筆者の場合は

きょうだいがいないことで自由にさせて貰えた部分もあるけれど、

反面カギっ子で寂しい思いをしてきたし、歳の近い肉親である

きょうだいがいなかったことで青年期を過ぎてから周りとの

コミュニケーションがうまくいかなかったり、生まれてから幾度となく

寂しい思いをしてきたし、悩みを誰にも打ち明けられずに思い詰めて

しまったように思うのです。

ブラック企業で心身ともに追い詰められていたときや悩んで疲れ果てた末に

自殺を考えた時などきょうだいが側にいてくれたら状況も違っていたと思うし、

両親との親子喧嘩の仲裁だってきょうだいがいたら割って入ってくれたと

思うのです。

タラレバという話をしても仕方がないとか前に進まないという人もいるし、

きょうだいがいたらとかいう議論は産んでくれた両親に失礼という指摘も

ありそうだけれど、きょうだいがいたら、一人っ子だったらどんな人生だった

だろうかと思索することは自分の人生や両親との関係を内省することに

つながると思うのですがいかがでしょうね。