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mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

思い出の電車を追って

テレビ番組で見かけた、昔名古屋市営地下鉄名城線名港線で走っていた

福井鉄道の旧型車両の姿に、ふと懐かしい思いがしました。

筆者はどちらかというとこの名城線名港線よりも大阪市営地下鉄

言えば御堂筋線のような名古屋市の大動脈の東山線

レジャーや用務に利用することが多かったけれど、

黄電と言われた元名城線車両の現役の姿はやはり懐かしかったし、

名古屋臨海高速鉄道あおなみ線の開業前の港区方面への行楽に

この紫の帯の黄電に揺られて出かけた思い出が蘇ってきました。

この黄電が大所帯だった頃は、名港線沿線の名古屋港水族館

落成したばかりで、筆者も就職説明会やイベントで訪れた

金城ふ頭の大型展示場のポートメッセなごやJR東海中央本線

東海道本線の駅に近いナゴヤドーム日本ガイシホール、当時の

名古屋市総合体育館レインボーホールを引き合いに陸の孤島と揶揄されて

いました。

それから月日が流れて、ポートメッセなごやへのアクセスは先のあおなみ線

開業で飛躍的に改善されて、このあおなみ線の起点の名古屋駅と次の

ささしまライブ駅の周辺が摩天楼のようになったのも年月を感じさせるけれど、

筆者を含む名古屋市民の思い出を乗せた黄電が北陸の地で第二の人生を

送っているのは喜ばしいことと思うのです。

四国の高松琴平電鉄に移った仲間と同じく、紫の帯もなくなり、

塗色も黄色ではなくなったけれど、底冷えの福井県には嬉しい暖かい

おでんをつまみに酒宴を楽しめるイベント列車や、高校生や通勤客で

いっぱいになるラッシュ輸送にまだまだ黄電が頑張ってくれているのは

心強いことだし、引退の噂もあるけれど、福井駅への乗り入れを目指して

工事の進む北陸新幹線JR西日本W7系電車との対面を果たして

くれたらもっと言うことなしと思うのです。

この黄電のように、通勤通学でお世話になった車両が地方で第二の人生を

歩んでくれているのは鉄道ファンにとっては嬉しいことだし、

名鉄JR東海高山本線直通の特急北アルプス号として活躍した車両が

福島県会津鉄道に譲渡された際には名鉄時代の塗色を残して、

名鉄の思い出を忘れないでという声が鉄道ファン以外の名鉄

沿線住民からも会津鉄道に届いて塗色の変更が見送られることに

なったと新聞記事で取り上げられたこともあります。

こうした思い出の通勤電車というテーマで思い出されるのが、

先ごろ島根県一畑電車を引退した元南海電鉄高野線のズームカーです。

このズームカーの丸顔は沿線ではない筆者も大好きなのだけど、

先の黄電と同じく、南海電鉄高野線の沿線の鉄道ファンには思い入れも

ひとしおであろうし、宍道湖出雲大社に向かう観光客や沿線の

通勤通学に活躍した労を労おうといって関西の鉄道ファンが

一畑電車に向かったことは引退記念のグッズがすぐに売り切れたことからも

想像されるし、前回の東京オリンピックよりも前にデビューした

この南海電鉄高野線のズームカーを引き続き保有する静岡県の

大井川鐵道にはメンテナンスは大変でも思い出の詰まった

ズームカーが一日でも長く活躍できるようにして欲しいと思うし、

沿線の茶畑に良く似合う南海電鉄時代そのままの塗色もできれば

そのままにしておいてもらえればと思うのです。

この大井川鐵道は以前は名古屋鉄道の傘下だったけれど、

この名鉄の代名詞であって黄電に負けないぐらいに筆者や沿線の乗客の

思い出の詰まったパノラマカー大井川鐵道や先の福井鉄道など系列の

地方鉄道はおろかどこにも引き取られずに動態保存が叶わなかったのは

やはり残念に思うし、JR東海も自社の車両ではないけれど、中京競馬場

以外でもパノラマカーに会えるようにとリニア鉄道館パノラマカー

引き取る神対応をしてくれればパノラマカーの思い出を持つ鉄道ファンには

福音だったと思うのです。

このパノラマカーと同じく展望が売り物の小田急ロマンスカーの旧型車両を

引き取った長野電鉄富士急行には福井鉄道大井川鐵道に負けないぐらいに

ロマンスカーの車両とそこに込められた思い出を大事にして貰って、

これらの車両が一日でも長く活躍できるように配慮してもらえればと思います。