mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

血を見る

リストカットをしている少女の、刃物で自分の手首を傷つけて流れた

血を見ると生きている実感が湧くという新聞のインタビュー。

体に二カ所もメスを入れて、一度ならずも死を覚悟した筆者は

少女の気持ちが解せない部分があります。

手術で身体にメスを入れたときも痛くて辛かったけれど、麻酔や

縫合で、傷跡は残ってもグロテスクな光景を見ずに済んだし、

それよりも筆者は転倒してできた足の膝小僧にできた擦り傷の

赤い血がずっと目に焼き付いていて、先の少女と違って、

自分の生き血を見ると生きている実感が湧くどころか、親から

貰った体に故意であろうがなかろうが傷をつけてしまったと

むしろ落ち込んでしまうし、トラウマのように残るのです。

擦り傷ぐらいすぐ治るでしょうと言われそうだけれど、麻酔もなしで

痛い思いをした心の傷はなかなか消えないものなのです。

心の傷で思いやられるのが、いじめを苦にして自ら命を絶った

青森県の少女と、彼女と一回りも変わらない若さで何の落ち度もないのに

身勝手な凶行で命を奪われた島根県の女子大生の遺族の気持ちです。

青森県の事案は、彼女が命を賭していじめを告発した加害者が児童相談所

通告される事態になりましたが、加害者の少年少女はきちんと罪と

向き合い償って欲しいと思うし、彼らの親も、家族として

一緒に罪を被る覚悟をして、暴力団を使って息子の性的暴行事件を

強引にもみ消した高畑淳子のような振る舞いはせずに、

被害者側から民事訴訟で損害賠償を要求されたら家や預貯金を

手放すことも厭わないぐらいの気持ちを持って欲しいと切に願います。

島根県のほうは、加害者が成人であった訳だし、生存していたら

裁判員裁判で死刑宣告を受けていてもおかしくないのに、

加害者が交通事故死してしまって、被害者はもとより深い心の傷を負った

遺族の気持ちの遣り場が今となっては無くなってしまったことに

やるせない思いがします。

殺人事件の時効の撤廃や死刑制度の存続には賛否両論ありますが、

精神疾患の疑いの強い冒頭のリストカットの少女と違って、

かすり傷で生き血を見ても凹んでしまう筆者と同じく

精神的に問題がなく刑事責任能力のある人間は、

罪もない人間を殺めておいて時効という形で逃げ得になったり

自分は人を殺めておいて裁判になったら命乞いをすることは

あくまで筆者の私見ではあるけれど許されることではないと思うのです。