mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

ホワイトチョコレート

ドラえもんの一節に、第二次世界大戦をテーマにした印象深いエピソードが

あります。

食べ盛りなのに充分な栄養も得られず、軟弱な体に鞭打って

疎開先で農作業に励んできたのに、体力的にしんどいと

訴えても戦場の兵士に比べれば何だと一蹴され、先の見えない

トンネルのような状況に悲観し、川に身投げしようとした

のび太君の父親が、チョコレートを抱えた見慣れない少女から、

お菓子どころか砂糖も贅沢品だった時代にチョコレートを渡され、

生きる希望を貰ったというものです。

種明かしをしてしまうとぶち壊しなのであえて結末は触れないですが、

何故かことばを殆ど発さず愛おしそうにチョコレートを渡してくれた

少女はこれぞ神対応と思います。

数年間ことばを失っていてわかるのですが、相手を労わる気持ち、

愛おしく思う気持ち、心配に思う気持ちというのは敢えてことばに

せずとも伝わるものなのです。

筆者も健常者のときは当たり前だったことばによるコミュニケーションを

奪われもどかしい思いもしましたが、筆者が声なき声で発した

メッセージがわかる人には理解して貰えて今でもこの白ゆりの少女の

ように影になり日向になり支えて貰えていることに本当に感謝しています。

また、ブラック企業で辛酸をなめて不自由な体になった筆者には

冒頭に引用したのび太君の父親のエピソードも引っかかるのです。

忘年会や慰安旅行で豪勢な食事が出されるような会社にいたので

のび太君の父親のような栄養失調には健常者のときはならなかったけれど、

軟弱な体で無理を強いられたのは全く同じだし、戦時中のお国のためを

日本IBMのためと置き換えたら全く筆者が席を置いていたブラック企業

状況に合致するのです。

その後筆者は飲み食いにも不自由になり畑仕事はおろか歩行も

ままならない状態になるのですが、食べること、飲むこと、

歌うこと、、、ブラック企業に楽しみと言える楽しみを奪われ尽くして

廃人のようになってしまった筆者を、健常者のときと変わらない

慈愛に満ちた目で見舞ってくれた見舞いの方々の姿は今でも

忘れられません。

筆者と同等以上の苦しみを味わった電通の女性が最悪の選択を

してしまったことは何ともやりきれないですが、彼女にも

身投げを翻意させたドラえもんの白ゆりの少女のような

存在が現れていたら結果は違ったのではないか、

不自由な体になった後で将来を悲観し、のび太君の父親

同じく川原で身投げをしようとした筆者が天国の母親の顔や

今までお世話になった方々のことが思い浮かんだように

電通の女性も最悪の選択をする前に家族や友人の顔が

思い浮かぶことはなかったのだろうかというのが正直な思いです。

人を思いやるとか神対応というのは難しいことに思えるけれど、

浮かない顔の友達にそっと声をかけたり、チョコレートを

笑顔で差し出すだけでも充分な神対応だし、アドラーだなんだと

難しい臨床心理学の理論を引き出さずとも、肩肘張らない

人間の血の通った人付き合いを心がけていれば、

家族や同僚がうつ病ではないかと思い悩むこともないし、自然に

笑顔で接してあげれば浮かない顔の相手もつられて笑顔になるものですよ。

さて、もう直ぐ冬がやってきます。

神対応の元祖のような白ゆりの少女を思い出し、

ホワイトチョコレートを大切な人にそっと差し出したらどうでしょうね。

バレンタインでなくてもいいではないですか。