mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

センセイと傾聴

今日は多くの小中学校で2学期の始まりの始業式の日である。

嬉々として久しぶりの友達との再開を喜び、夏休みの思い出を

話したり宿題を見せ合う子どもたちの微笑ましい姿が

テレビ画面に大写しにされるが、学校が始まる重圧から

子どもの自殺が多い日であるという9月1日の負の側面にも

メディアは逃げずに向き合って欲しいと思う。

振り返って筆者は、中学校、高等学校時代のいじめには

何とか耐えてきたが、ブラック企業で心身を壊し、

今の不自由な体になってから自殺の2文字が頭をよぎり、

それを実行に移す一歩手前まで行ってしまったこともある。

厄介な病気になってから、病院の医師はもとより、

理学療法士作業療法士などセンセイという肩書きの付く

人たちと関わってきたが、彼らは障がいはあるものの

若い筆者を健常者に、社会を戻すのが仕事とばかりに

躍起になって時折無責任なことをいったり、

期待を持たせるようなことを言うので筆者もまわりも

それに振り回され、センセイの言うことが所詮幻想や理想論で

あったと気付いたとき失望して落ち込んだ結果筆者は

極端な行為に走ってしまったと考えている。

筆者を社会に戻すことも、不登校の児童生徒を学校に戻すことも

正論といえばそれまでだが、センセイと呼ばれる方々は

筆者も不登校の児童生徒も学校や会社の荒波に押しつぶされ

不適応の状態に陥ってしまったという事実をちゃんと

考えてくれているのだろうかと思う。

頭は何も障がいはないし、中途で障がいになったから

生まれつき障がいのある方より辛かったでしょうと

言ってくれたのも、学生時代に大量の宿題に忙殺される

筆者を見かねて、徹夜せずにちゃんと睡眠をとって

朝やればいいよと言ってくれたのもいずれもセンセイという

肩書きの付かない人なのだ。

 さて、予想以上の反響を呼んでいる小林麻央さんのブログである。

自分のありのままを発信しようとした彼女にはエールを送りたいが、

そういう気持ちにさせたのはこれまたセンセイであるという

彼女のことばが気になった。

センセイの言動に振り回された筆者は、彼女がセンセイのことばや

ブログへの反応を意識して頑張りすぎないか心配なのだ。

筆者のような障がい者も麻央さんのような病者も

藁にもすがる思いでありちょっとした他人の言動にも

振り回されてしまいがちなのだから。

学校や病院でセンセイと呼ばれる方々は、患者にも

児童生徒にもそれぞれの考え方や家族があることを忘れずに

張本勲のような調子で精神論や自分のイデオロギー

押し付けることのないように留意して頂きたいと思う。

センセイという肩書きのある方なら傾聴という

臨床心理学のことばをご存知だろうが、心身を壊して

路頭に迷っている人間にはアドバイスよりも

じっくり話を聞いてあげるほうがよっぽど効果的と言いたい。