mikenyan88の日記

折に触れて自分の思ったことをアップしていきます。

鼓動と再起動

新春の賀詞交換会に出席したJR東海の社長にマイクを

向けた東海テレビのアナウンサーに大して、お気に入りの

女子アナがインタビュアーでないのが残念だと

笑いながら語っていた同社長の言葉に、リニア中央新幹線着工、

JRゲートタワーの建設と言った景気のいい話の聞こえる

同社の好調振りが伺え、奇跡と言われた三重県名松線

復旧もそうした好調によって可能になったのだと思った。

このJR東海で在来線版のドクターイエローと言えるのが、

以前にも触れたJR東海キハ95型気動車ドクター東海であるが、

西隣りのJR西日本で同じような役割を担っているのが

JR西日本キヤ495型電車である。

国鉄時代から活躍を続ける同車が、肥薩おれんじ鉄道線

計測のためにはるばる京都府JR西日本京都総合車両所から

鹿児島県まで長旅をしたという。

老体に鞭打ってJR九州肥薩おれんじ鉄道の安全のために

旅をした同車には惜しみない賛辞を贈りたいと思う。

この話で思い出したのが、国鉄西鹿児島駅、現在の

JR九州鹿児島中央駅から日豊本線経由で遥々東京駅まで

結んでいたブルートレイン国鉄20系を題材にした

喜劇急行列車という映画だ。

山田洋次監督のライフワーク、男はつらいよでも知られる

渥美清が富士の専務車掌に扮し、乗客の難病の鉄道マニアの

少年に国鉄のレールの響きを心臓の鼓動に例え、生きる意志を

強く持つように優しく諭したり、病気のことばかり考え、

人生を悲観する少年にマニアックな話をして気を紛らわす

シーンが印象に残っている。

自分も富士と同じく東京駅と西鹿児島駅を結んでいた

ブルートレインはやぶさの車掌に九州まで乗っていかないかと

まだJRセントラルタワーズが完成していなかった

深夜の名古屋駅で声をかけられたことがあるし、

ジストニアという難病になってからほんとうに色々な

方に支えられ、厳しくも暖かい言葉を掛けられたので、

映画の少年を他人と思えないどころか、戦友のように

思ってしまうのだ。

富士に乗ることはできなかったが、幸いはやぶさ東北新幹線

北海道新幹線の愛称として復活を果たした。

せっかく自分の声を取り戻したのだし、いつの日か

このはやぶさ陸奥、そして北の大地を目指すか、

さくらという縁起のいい名前の九州新幹線で、

映画の面影を辿りながら九州を目指せたらと思う。